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就眠儀式 著者:須永朝彦
出版:西澤書店 ('74)

 ハプスブルク帝國を愛し、その旧支配地であったドイツ、オーストリア、バルカン、スペインをこよなく愛した、著者20代の頃の吸血鬼短篇集。怪奇より耽美幻想の色彩が濃い、典雅なゴシック・ロマン。

「吸血鬼は私にとつて惑はしの花ではあつても、忌まはしい醜鬼ではさらさらな」い、と、あとがきにもある通り、ここに登場する吸血鬼は恐怖の象徴としてよりも、誘惑者としての要素が強く、又、誘惑される側も“被害者”ではなく、むしろ自ら望んで夜の世界の住人になって行きます。

 レ・ファニュ『カーミラ』の流れを汲むエロチシズムと少年愛。人間の敵として登場する吸血鬼は、必然的に退治される運命にありますが、本作に登場する美貌の一族(殊にその頂点に立つ大貴族)は、「退治するなど思いも及ばない、神に等しい存在」として君臨し、滅びることはありません。その一族に迎えられた者は、謂わば「選ばれし民」。加わる資格を持つのは、美貌の若者のみ。並の人間は、はなから相手にされません。笑

 正字正かなで綴られれた端正なテキストと、各物語冒頭を飾る短歌。東欧と日本文化の融合を、とくと御覧あれ。随所に現れる、灰緑色に煙る樅の森に幻惑されるのは、作中の“彼ら”だけではないでしょう。

 収録作は、11の短篇(散文)と、コラム、吸血鬼翻訳書リスト、參考文献。
 尚、ここの短篇(散文)は全て『須永朝彦小説全集』(国書刊行会 / 新字旧かな)に収録済み。まとめ讀み(+未収録作の渉猟)には大変重宝しますが、矢張り若干ニュアンスが変わってしまう“きらい”があります(私見) どちらにするかはお好みで。
 以下、備忘録兼自己満足な収録作一覧&メモ(長いです)

 美貌の若者が一族に迎えられるさまを描いた、叙情的で短い散文。連作の導入部に配されることで、不穏 / 頽廃 / 幻惑的な雰囲氣を、余すところなく伝えている。
 本作は吸血鬼アンソロジー『血と薔薇の誘う夜に』冒頭にも収録されているが、単体で取り出すと本作の魅力である「余韻」がブツ切りされて、勿体ないこと夥しい(しかし未知の書の開拓に、ああ云うアンソロジーが便利であるのも事実なわけで)
ぬばたまの
 王朝文學風。山奥に迷い込んだ二人連れを狙う、小野小町ばりの女吸血鬼。木原敏江が好んで描きそうな雰囲氣(例えば『夢の碑』) ラストの色彩美は圧巻。
樅の木の下で
 ハプスブルク帝国滅亡後のウィーン。勉學中の日本人少年と、青年貴族ヘルベルト・フォン・クロロックの邂逅。意氣統合し行動を共にするうちに、少年は次第に相手に惹かれてゆく。東欧浪漫紀行。クロロック家の旧領・ハンガリーやトランシルヴァニアへの小旅行の過程が、全くもって悩ましい。本篇中の白眉その一。
 尚、本作の続編『ドナウの漣』(後年の作)が『須永朝彦小説全集』に収録されています。
R公の織畫(タペスリー)
 ある博物館に収蔵された一枚のタペストリー。織り出された黒ずくめの騎士と皇子に心奪われてゆく少年。これも短い散文ながら、何と官能的であることか。
就眠儀式

「始めるぞ、よろしいか。カンタータ、玉蟲、嫉妬、鳥兜、闘牛、熟睡、インヘルノ、呪ひ、皮膚、笛、エヴァ、ヴァンパイヤ……」

 眠りの前に唱える呪文。本連作中の白眉であると思われる。
神聖羅馬帝國
 ハプスブルク帝國再興の為、又、血盟を結び“一族”の指導者を決める為、秘密裡に会合をする青年貴族たち。
森の彼方の地
 閑散とした學生街に赴任して來た、唯美主義の大學助教授。彼を取り捲く“何者か”の甘美な目論見と、旧同僚の醜惡な計画。街はずれの森の中には危険な種族が棲んでいるとか。本連作中、唯一毛色の違うお話。出だしがちょっと、ラヴクラフトっぽいかも。
蝙蝠男
 見世物小屋で晒される囚われの蝙蝠男と、彼を救う少年のお話。ラストの蝙蝠男の台詞が、いやに直截でドキリとしますよ。笑
薔薇色の月

「アントニオ、オンセ、セヴィリア、アルフォンソ、ソル・イ・ソンブラ、ラ・マカレーナ……」

 夜への目覚め。自分の中に息づく“ある氣配”を自覚して戸惑う少年。眠りの前に口をついて出るのは、習った覚えもない異國の言葉。少年少女はその胎内に、無自覚の“魔”を宿しているのかも知れません。無論それは、ごく一部の“選ばれし者”に限られるだろうけれど。
三題噺擬維納風贋畫集
 トランシルヴァニア、ヘルベルト・フォン・クロロック公の居城で、夜ごと繰り広げられる煌びやかな宴と、年老いることのない美しき人びと。永遠と云う名の刹那。
黒峠紀行
 忽然と姿を消した日本人青年が保護されたのは、トランシルヴァニアの山中。記憶を失い、癲狂院に収容された彼は夜ごと、月に向かって異國の言葉を捧げ続ける。主人公の記憶と同じく、失踪中の彼の経緯がすっぽりと抜け落ちている。何と云う省略の美。
ガリヴァの知られざる旅
 余り一般に知られていない、ガリヴァの続編と、“その後”のこと。長野まゆみ『行ってみたいな童話の國』の『にんじん』を、ちょっと思い出しますね。
紅くて然も暗い憧憬
 吸血鬼の歴史や関連作品についてのコラム。「吸血鬼は欧羅巴文明、すなはち基督教文化の逆説的な所産なのである」 ゆえに日本には東欧風の吸血鬼はおらず、吸血伝承すら殆ど存在しないとか。本書が日本初の吸血鬼作品集たる所以です。
吸血鬼譚翻訳目録 * 參考文献
2009.01.11 Sunday | Novels | comments(7) | trackbacks(0) | *
レビュを拝見していたら、とっても読みたくなりました。
樅の木の下で、薔薇色の月あたりが気になる〜。
| トキワ | 2009/01/12 1:41 AM |
君の教えてくれる興味深い本を読もうと図書館で検索するんだけど、見事にみんな無いんだよなあ(苦笑)
| あ〜ちゃん? | 2009/01/13 6:10 PM |
永らく放置していてすみません!>お二方

>ときわ嬢
そう感じて頂けると嬉しいです。エヘヘ。矢張りみどころは『樅の木の下で』ですね。東欧に行きたくてしようがない(いっそその地で野垂れ死んでもいい)
ところで、今も実家にお住まいなのでしょうか。またぞろ送りつけたき品がちらほらと。……またメールします。


>あ〜ちゃんさん
わあ。それは大変失礼しました。
ちょっと調べてみたところ、この記事で上げている西澤書店の『就眠儀式』、都内なら目黒と国立市立図書館に蔵書があるようですね。国書刊行会の『須永朝彦小説全集』なら、さらに他館にもあるかも。
都内以外にお住まいでしたら、↓ここのサイトに図書館(横断)検索がたくさん紹介されているので一度おためしくださいな。
http://d.hatena.ne.jp/inmymemory/20071209/1197146819

横断検索なんかだと、館によっては検索機能バージョンアップなどで使えないことがよくあるので、あれこれ試してみると良いかも。
| 桐島 | 2009/01/30 7:16 AM |
桐島さんが紹介なされる読み物とか読書欲&獲得欲を刺激されます、わー!
この方の「天使」「血のアラベスク」も気になります。
東欧わたしも行ってみたいです〜(ノω・、)
こないだてれびの紀行ものでプラハを取り上げていて、街並みのうつくしさにうっとり〜ww

>今も実家に〜
えー!私もおてがみとか何やらとか(え)送りつけてもいいですか?
実家には夕餉を食べにちよくちよく帰っておりますのでだいじょうぶです。
| トキワ | 2009/02/17 8:43 PM |
お忙しい中、御調べいただき、恐縮です。。須永さんの著作で検索かけてたら「美少年日本史」とゆー本がかかって、それはそれで興味深いな、と思う今日この頃(笑)
| あ〜ちゃん? | 2009/02/18 5:06 PM |
>トキワ嬢
『天使』は『須永朝彦小説全集』(新字旧仮名)では『就眠儀式』の次に収録されていて、続けて讀むとひと繋がりみたいになっていて、ちょっと不思議な浮遊感、酩酊感にとらわれますです。『血のアラベスク』は吸血鬼関連エッセイだと思ふ。この人の『ルートヴィヒII世』も氣になってるんですよね。
メールしますとか云いながらそのまんまでした(汗) どんどん送りつけてくださいおてがみ!

>あ〜ちゃんさん
『美少年日本史』(未讀)は確か御小姓関連の内容が多かったはず。
『美少年西洋史』もありますよ。あと、『泰西少年愛史』とか。笑
| 桐島 | 2009/02/19 7:30 AM |
承認待ちのコメントです。
| - | 2009/08/24 2:42 PM |









 
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