就眠儀式 (須永朝彦)
「吸血鬼は私にとつて惑はしの花ではあつても、忌まはしい醜鬼ではさらさらな」
い、と、あとがきにもある通り、ここに登場する吸血鬼は恐怖の象徴としてよりも、誘惑者としての要素が強く、又、誘惑される側も“被害者”ではなく、むしろ自ら望んで夜の世界の住人になって行きます。
レ・ファニュ『カーミラ』の流れを汲むエロチシズムと少年愛。人間の敵として登場する吸血鬼は、必然的に退治される運命にありますが、本作に登場する美貌の一族(殊にその頂点に立つ大貴族)は、「退治するなど思いも及ばない、神に等しい存在」として君臨し、滅びることはありません。その一族に迎えられた者は、謂わば「選ばれし民」。加わる資格を持つのは、美貌の若者のみ。並の人間は、はなから相手にされません。笑
正字正かなで綴られれた端正なテキストと、各物語冒頭を飾る短歌。東欧と日本文化の融合を、とくと御覧あれ。随所に現れる、灰緑色に煙る樅の森に幻惑されるのは、作中の“彼ら”だけではないでしょう。
収録作は、11の短篇(散文)と、コラム、吸血鬼翻訳書リスト、參考文献。
尚、ここの短篇(散文)は全て『須永朝彦小説全集』(国書刊行会 / 新字旧かな)に収録済み。まとめ讀み(+未収録作の渉猟)には大変重宝しますが、矢張り若干ニュアンスが変わってしまう“きらい”があります(私見) どちらにするかはお好みで。
以下、備忘録兼自己満足な収録作一覧&メモ(長いです)
- 契
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美貌の若者が一族に迎えられるさまを描いた、叙情的で短い散文。連作の導入部に配されることで、不穏 / 頽廃 / 幻惑的な雰囲氣を、余すところなく伝えている。
本作は吸血鬼アンソロジー『血と薔薇の誘う夜に』冒頭にも収録されているが、単体で取り出すと本作の魅力である「余韻」がブツ切りされて、勿体ないこと夥しい(しかし未知の書の開拓に、ああ云うアンソロジーが便利であるのも事実なわけで) - ぬばたまの
- 王朝文學風。山奥に迷い込んだ二人連れを狙う、小野小町ばりの女吸血鬼。木原敏江が好んで描きそうな雰囲氣(例えば『夢の碑』) ラストの色彩美は圧巻。
- 樅の木の下で
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ハプスブルク帝国滅亡後のウィーン。勉學中の日本人少年と、青年貴族ヘルベルト・フォン・クロロックの邂逅。意氣統合し行動を共にするうちに、少年は次第に相手に惹かれてゆく。東欧浪漫紀行。クロロック家の旧領・ハンガリーやトランシルヴァニアへの小旅行の過程が、全くもって悩ましい。本篇中の白眉その一。
尚、本作の続編『ドナウの漣』(後年の作)が『須永朝彦小説全集』に収録されています。 - R公の織畫(タペスリー)
- ある博物館に収蔵された一枚のタペストリー。織り出された黒ずくめの騎士と皇子に心奪われてゆく少年。これも短い散文ながら、何と官能的であることか。
- 就眠儀式
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眠りの前に唱える呪文。本連作中の白眉であると思われる。「始めるぞ、よろしいか。カンタータ、玉蟲、嫉妬、鳥兜、闘牛、熟睡、インヘルノ、呪ひ、皮膚、笛、エヴァ、ヴァンパイヤ……」
- 神聖羅馬帝國
- ハプスブルク帝國再興の為、又、血盟を結び“一族”の指導者を決める為、秘密裡に会合をする青年貴族たち。
- 森の彼方の地
- 閑散とした學生街に赴任して來た、唯美主義の大學助教授。彼を取り捲く“何者か”の甘美な目論見と、旧同僚の醜惡な計画。街はずれの森の中には危険な種族が棲んでいるとか。本連作中、唯一毛色の違うお話。出だしがちょっと、ラヴクラフトっぽいかも。
- 蝙蝠男
- 見世物小屋で晒される囚われの蝙蝠男と、彼を救う少年のお話。ラストの蝙蝠男の台詞が、いやに直截でドキリとしますよ。笑
- 薔薇色の月
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夜への目覚め。自分の中に息づく“ある氣配”を自覚して戸惑う少年。眠りの前に口をついて出るのは、習った覚えもない異國の言葉。少年少女はその胎内に、無自覚の“魔”を宿しているのかも知れません。無論それは、ごく一部の“選ばれし者”に限られるだろうけれど。「アントニオ、オンセ、セヴィリア、アルフォンソ、ソル・イ・ソンブラ、ラ・マカレーナ……」
- 三題噺擬維納風贋畫集
- トランシルヴァニア、ヘルベルト・フォン・クロロック公の居城で、夜ごと繰り広げられる煌びやかな宴と、年老いることのない美しき人びと。永遠と云う名の刹那。
- 黒峠紀行
- 忽然と姿を消した日本人青年が保護されたのは、トランシルヴァニアの山中。記憶を失い、癲狂院に収容された彼は夜ごと、月に向かって異國の言葉を捧げ続ける。主人公の記憶と同じく、失踪中の彼の経緯がすっぽりと抜け落ちている。何と云う省略の美。
- ガリヴァの知られざる旅
- 余り一般に知られていない、ガリヴァの続編と、“その後”のこと。長野まゆみ『行ってみたいな童話の國』の『にんじん』を、ちょっと思い出しますね。
- 紅くて然も暗い憧憬
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吸血鬼の歴史や関連作品についてのコラム。
「吸血鬼は欧羅巴文明、すなはち基督教文化の逆説的な所産なのである」
ゆえに日本には東欧風の吸血鬼はおらず、吸血伝承すら殆ど存在しないとか。本書が日本初の吸血鬼作品集たる所以です。 - 吸血鬼譚翻訳目録 * 參考文献


樅の木の下で、薔薇色の月あたりが気になる〜。