寡黙な死骸 みだらな弔い (小川洋子)
日常から、何かがコトリと転がり落ちる。11の静かな狂氣連作短篇集。音を立てぬよう、そっと頁を捲ってみる。たまに行き慣れない書店に行くと、手に取る本も変わって樂しいですね(それでも惹かれるキーワードは変わらない>タイトル。笑)
- 洋菓子屋の午後
- 時計台のある広場が見える洋菓子店で、食べられるあてのないケーキを買う為に待ち続ける女。哀しみとは、完全なものが欠けて行くのを知る事なのかも知れない。
- 果汁
- クラス一地味な少女が彼に同行を乞うたのは、まだ見ぬ父との会見の場だった。ぎこちなく氣詰りな時間。少女の哀しみ。
- 老婆J
- キウイがたわわに実る果樹園を見渡すアパートの一室に住む作家と、老いた大家の奇妙な交流。全篇中、ホラー色が一番顕著。ここに登場する作家が、どうもほうぼうにリンクしているっぽい。
- 眠りの精
- かつて義母であった女性の記憶。季節外れの雪が降ったその日、義母の葬儀に行く為に青年が乗った列車は故障で立ち往生していた。
- 白衣
- 霊安室の隣で白衣の仕分け作業に勤しむ秘書室勤務の二人。彼女は美しく正しかった。そして常軌を逸していた。
- 心臓の仮縫い
- どんなものでもお作りします。或る日、鞄職人の元に、分厚いコートの女客が訪れ、職人を愕かせた。心臓を入れる鞄を作っていただきたいの。
- 拷問博物館へようこそ
- マンションの上の階で事件があったと刑事が聞き込みに訪れた日、戀人が、さしたる理由も無いまま去って行った日、哀しみに暮れ行き慣れた街を彷徨った私は、或る錆び附いた看板に目を留めた。ゴウモンハクブツカン。
- ギブスを売る人
- 伯父さんは会う度に職業が変わっていた。帽子工場、カメラマン助手、ギブスのセールスマン、テーブルマナーの先生、執事、博物館の學藝員。全てをゼロに戻しながら生きた、大好きだった伯父さんのこと。
- ベンガル虎の臨終
- 小さな賭けを繰り返しながら、夫の不義の相手の元に車を走らせていた夏の午後、事故渋滞の対向車線一面に、毒々しく熟したトマトが転がっていた。
- トマトと満月
- リゾートホテルに取材に訪れたカメラマンが出逢った、犬連れの風変わりな小母さん。彼女は小さく、人形のようで、彼を命の恩人に似ていると云う。
- 毒草
- 王冠を被った王子様は二週に一度、彼女の元を訪れる。チャリティコンサートで出会った老女と給仕が交わした契約。
透明で静謐。ありふれた表現だけれども、その静けさにドキドキしました。実はこの人の本を讀むのは初めて。色んな本が平積みにされてあり、『薬指の標本』 か『博士の愛した数式』 にしようと思いながら結局、キーワードの命ずるままに選んだらこれに。笑
細やかで淡淡とした心理描写が胸を衝きます。例えば『洋菓子屋の午後』 の母親や『果汁』 の少女の哀しみ、『ベンガル虎の臨終』 の女の嫉妬心、『毒草』 の老女の孤独。共通項は「喪失感」 か。量的には軽い讀み物だけれども、中身は決して軽くなかった。表紙見返しの著者近影から、何となく原田知世の声や姿を思い出した。そしてその印象は、讀み終えた今もまだ続いたままだ。

